2010年03月19日

『フィルミアニ夫人』 バルザック 著

111114バルザックの人間喜劇を読んでいく試みを数年前からしている。
140篇近くを人間喜劇とする構想をバルザックは発表していたが、彼の寿命がそれを阻んだ。
最終的に、小説89篇と総序を加えた90篇が人間喜劇とされ、当時の人々の博物誌のように二千人以上の人物が登場し、六百人もの人々が再登場し、さまざまな役割を果たしている。



今回、光文社古典新訳文庫から『グランド・ブルテーシュ奇譚』が発売された。人間喜劇から四編と評論一編から編まれた一冊であるが、人間喜劇の編ごとに書評を残して行きたいと思う。

ここでは、『フィルミアニ夫人』について書く。

『フィルミア夫人』 1831年・・・風俗研究(私生活情景)

この作品は、パリで書かれたバルザック29歳の時の作品である。

作品の骨子は、甥のカン氏がなぜか父からの遺産を処分し、質素な生活を送っており、彼はパリでさまざまな噂のあるフィルミアニ夫人とただならぬ関係であるらしいと聞き及んだ地方の大農場主であるブルボンヌ氏が、真実を知るに至るまで。という短い話である。

しかし、この短編には、独特の構成と人間喜劇に複数回登場するフィルミアニ夫人の再婚の経緯が描かれている。

小説の前半部分には、フィルミアニ夫人とは?と、パリで街頭インタヴューを行ったようなものになっていて面白い。そこには、遊歩者や愛好者やリセの学生、風変わりな男、観察者など、多数で、バルザックはここでも、人間博物館を小さく集約させているのだ。

そして、このフィルミアニ夫人は、パリでは知らぬものがいない存在であることがわかる。

彼女は、バルザックに人間喜劇の作品のなかで20作品ほどに登場するカディニャン公妃のいとこであり、彼女自身も10作品以上に再登場している。

その彼女は、この作品当時、フィルミアニ氏と死別したものの夫の法的な死亡の証明が得られず、遺言書も入手できていない状況であった。

遠縁にあたる男から、甥が破産したことを聞いたブルボンヌ氏は、フィルミアニ夫人のために遺産をすっかり吸い取られ、自分の遺産が転がり込むのを待っているのではないかという筋書きが真実かどうか確かめに行くことにした。
伯父としては当然のことである。
甥は、若い世間知らずだし、今は、質素な屋根裏部屋で暮らし、教師をしているという。
その女にすっかりのぼせあがった甥が、のちに、若気の至りと悟る思慮分別を失っているかもしれないと考えたのだ。

伯父は、フィルミアニ夫人のサロンに行き、真実を探ることにするのだが、猜疑心全開の彼なのにフィルミアニ夫人の姿を一目みた途端、稲妻に打たれたようになってしまう。

ここが、男と女の差だろうかと少し可笑しくなってしまう場面である。女はこういう場面ではなかなかシビアなのだ。
ホロフェルネス将軍がどんなにハンサムでもユディトは、彼の首を掻っ切ってしまっただろう。
でも、男は、玄宗皇帝よろしく女の美しく気品のある女には弱いのだ。

バルザックの描いたこの場面を引用してみよう。
---耳に心地よく響く声がその言葉をつつみこんで、魅力がじんわりと広がっていく-そんな感じの女性と出会う幸運に、あなたは恵まれたことがあるだろうか?話すべき場面と黙っている場面をしっかりとわきまえて、あなたのことをやさしく気づかい、的確な表現や端正なことばづかいで接してくれる女性。からかわれても、むしろそれが心地よく。批判されても少しも傷つくことはないような女性にである。---

バルザックの筆はまだ走り続けるが、要するに、彼は自分のまたは、全男性の憧憬の女性像をここに描いているのかもしれない。
この小説は、アレクサンドル・ド・ベルニーへ と、冒頭に但書がある。アレクサンドルとは、バルザックの最初の年上の愛人であり、彼に支援を続け、『谷間の百合』の主人公のモデルにもなったベルニー夫人の息子である。
この女性像は、恋人でもあり、母のような慈愛で彼を包んだベルニー夫人を髣髴とさせるものかもしれない。

フィルミアニ夫人を善と描くか悪と描くかは、ベルニー夫人を想定した時点で決まっていたのかもしれない。

カンは、ある事情があり、遺産をそれに使い、フィルミアニ夫人は、真の愛情と自分の遺産を彼に捧げたという美談で終わる。

彼女はこの再婚を経て、バルザックに人間喜劇の世界の中で生きていくのであった。

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■小説89篇と総序を加えた90篇がバルザックの「人間喜劇」の著作とされる。
■分類
・風俗研究
(私生活情景、地方生活情景、パリ生活情景、政治生活情景、軍隊生活情景、田園生活情景)
・哲学的研究
・分析的研究
■真白読了
『ふくろう党』+『ゴリオ爺さん』+『谷間の百合』+『ウジェニー・グランデ』+『Z・マルカス』+『知られざる傑作』+『砂漠の灼熱』+『エル・ヴェルデュゴ』+『恐怖政治の一挿話』+『ことづて』+『柘榴屋敷』+『セザール・ビロトー』+『戦をやめたメルモット(神と和解したメルモス)』+『偽りの愛人』+『シャベール大佐』+『ソーの舞踏会』+『サラジーヌ』+『不老長寿の霊薬』+『追放者』+『あら皮』+『ゴプセック』+『名うてのゴディサール』+『ニュシンゲン銀行』+『赤い宿屋』+『ツールの司祭』+『コルネリュス卿』+『セラフィタ』+『フェラギュス』+『ランジェ公爵夫人』+『金色の眼の娘』+『ルイ・ランベール』+『海辺に悲劇』+『アデュー』+『社会生活の病理学』+『毬打つ猫の店』+『フィルミアニ夫人』+『総序』 計36篇

drecom_vanillabeans at 10:47書評  
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