2010年03月19日

『心ふさがれて』 マリー・ンディアイ 著

675873最初に読んだマリー・ンディアイの小説は、『みんな友だち』だった。

黄色の鮮やかな装丁の本。黒いオビには「ぼくを売ってよ!」と書かれている。

「ぼくを売ってよ!」 ンディアイという聞きなれない名。 みんな友だち という題名。

どういうことだろうと、読み始めた小説の中身は、驚くべきものだった。こういう発想ってあるんだろうか。斬新であり、衝撃的であり、既成概念の崩壊だった。

彼女の作品が邦訳されたら、また読みたいと思っていたので、『心ふさがれて』は、待っていた作品ということになるかもしれない。

『心ふさがれて』のオビはオレンジ色だ。そこに書かれていたのは、「なにがいるの? 私の中に」
本の表紙は、ヨーロッパの街らしき場所に路面電車が走っている写真だ。

まず、表紙を見つめる。 まただ。 あの感覚。

「私の中になにかいる」ことと、中央の時計が11時46分を指していることと、路面電車が左方向へ向って走ってることに因果関係はあり??
読むか前から、ンディアイのこれから仕掛ける予見不可能な世界に飛び込む準備をする(笑)

主人公は教師。夫も教師であり同じ学校に勤めている。ここ数週間、周囲の人々の態度が丁寧で思いやりの溢れるものから侮蔑に満ちた嫌悪へと変化していることを感じるようになった。

ああ、こういうことってあるかもしれない。自分の心が下向きな時って、人は、なんとなく疎外感を持ってしまったり、小さなことを受け流すことができなったりするではないか。

そんな思いを少し抱きつつ読み進む。

同一の価値観をも持ち、職務に忠実である夫も同じように感じているという。

うーん。急にそんなふうになったら、社会的孤立感と動揺はすごいかも。でもなぜ?と考えつつページをめくる。

事件はすぐに起きた。夫の腹部が何者かに抉られたのだ。夫は医者に行くのを拒否する。命にかかわりそうな傷なのに、医者に行くと命は確実に奪われると思っている。
娘二人も駆けつけて、夫の心配をするが、病院には連れて行こうとしない。仕方がないので薬局に妻は走る。そこで自分たちが疎んぜられている理由の断片のようなことを聞くが、あまりに抽象的で理解不能である。

1階に住んでいるノジェという男がなぜか、夫の世話をすることになる。この他人がなぜ、入り込んでくるのかわからないが、社会的に誰もが認めているノジェという男と、疎外されている夫婦という構図が描かれる。

読み進めていくと、この本に登場する人たちの情報が少しずつわかってくる。
娘というのは夫の娘であり、妻にとっては義理の間柄。この夫婦は厳格で規範的な独自の価値観を持ち、ストイックで、寛容性がなく、狭量だ。テレビを見ることもなく、自分たちの主観に強い絶対性を持っている。自分たちの価値観を揺さぶられることを恐れ、甚だしくKYで、批判精神も旺盛。
倫理観の塊のような夫婦なのに、不倫の末、結婚したことが明らかになったりして、だんだん、疎外されてしまうのも仕方がないのかもしれないという気持ちになってくる。

しかし、人間社会では、そのような疎外はそうも広範囲では起こらない。たとえば、路面電車が彼女をひき殺そうとしたりということは起きない。

小説の中で繰り返される彼女がやたら最近太ったこと、生理が止まってること、TVを見ていないこと、妻の前夫との間に生れた息子の娘の名前がスアールということに彼女が嫌悪感をあらわにすること。どうもわからないことがたくさんありすぎる。

腹部を抉られた夫の病状は悪化する一方だが、彼の世話をノジェに任せて妻は、一人息子のところへ行く。
息子のところに行く前に、息子の前の恋人の警察官に会う。息子はゲイなわけだが、この厳格な母はそのことにはなぜか寛容で、それだけでなく、息子がなぜ、彼と別れて女となど結婚し子まで生したのか不思議に思っている。ここらへんもンディアイの仕組まれたプロットなどだろうが、読者としては、これらの人間関係に驚く。

息子は医者をしている。医者なら、腹を抉られた夫を彼に診て貰えばいいのではないかという疑問が湧くが、そのあたりは無視され、物語は進んでいく。

やがて、彼女は自分が得体の知れないものを子宮に孕んでいることを知る。

やがて、彼女の前には色々な人が現れる。35年間、全く気にもかけなかった両親や、彼女に捨てられた後も彼女と生活をしていた家に住み続けた前夫や、孫を生んでくれた女性ではない息子の今のパートナー、一心同体と思ってた現夫が一緒にいたい相手、スアールちゃんという彼女のたった一人の孫娘などなど。

彼女におこった不可思議なことの理由は、明確ではない。

でも、気がつけば、彼女は血の繋がっている人間に囲まれている。彼女が隠したかった自分の出自。移民地区に育った彼女は、ボルドーという地方都市で教師として生きてきた。
自分の価値観に雁字搦めであることが、正義であり、真実だと思っていたのであろう。

ンディアイは、セネガル人とフランス人の間に生れた。今、フランスが抱える移民問題にも独自の視点を持つ。
この小説を読んでいて、女教師の主人公のキャラクターのリアリティには舌を巻かざるを得ない。

そして、彼女は一体、何を孕んでいたのだろう。

次回作に大いに期待を寄せる。

drecom_vanillabeans at 10:07書評  
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