2005年03月

2005年03月27日

グノーシスの薔薇

gnostic.jpg『グノーシスの薔薇』 デヴィッド・マドセン著 (no.93)
Date: 05/03/27(Sun) 20:51

レオ十世は、メディチ家出身で、ラファエロを寵愛し、マルティン・ルターを破門したことで有名な16世紀初頭のローマ教皇だが、
物語は、この聖下ことレオ十世が、下着を下ろしてうつぶせになり、ふしくれだった医者の人差し指で肛門に軟膏を塗られている場面からはじまる。
時は1518年。教皇が死ぬのは1521年なので死の三年前のことである。
処女の尿と薬草を混ぜ合わせた軟膏を、肛門に塗られながら彼は聖アウグスティヌスを所望する。
聖アウグスティヌスの一節を読むのは、ジュゼッペ・アマドネッリ。皆からペッペと呼ばれている小人だ。

聖下が尻穴の化膿に苦しんでいるのは、長年の男色嗜好のゆえ。
筋肉質の若者に押しひしがれて初夜の花嫁のような嬌声をあげる。その筋肉質の教皇の夜の相手を探すのも本の朗読のほかのペッペの仕事のひとつであり、なにごとに関しても教皇レオの相談役のような役回りで小人は存在している。

小人のペッペが教皇の侍従になったのは、ある意味では偶然でありある意味では必然のような経緯があるのだが、レオはペッペに好意を抱き、またペッペも同様であった。

実の母親に蔑まれながら、外観の醜さを悲しみつつそれを受容していた少年ペッペは、教会で金色の巻き毛の若き日の聖母マリアを思わせるレディ・ラウラという女性と出会う。
ラウラはなにもかもが美しく、完璧であった。
自ら脱ぎさった上半身の絹衣の下には、なめらかでふくよかな乳房があった。しかし、完璧に美しいと思えた乳房は片方だけで、もう片方の乳房はしなびた果実のように不恰好であり、胸から腰のあたりまで黒い斑点がみられた。

ペッペはラウラを愛した。そしてラウラからたくさんのことを学んた。ラウラはペッペをはじめて人間として扱ってくれた相手であり、女神だった。
その女神は、あらゆる知識や芸術にペッペを触れさせると共にグノーシスという教義を説いた。

ペッペは18歳の時に愛しのラウラと一度だけ交わった。
グノーシスの教義、激しい快楽を十分に理解し、その上で徹底的に快楽を放棄するための交わりだった。

ほどなく、ラウラは異端者として拘束され、ペッペの目の前で火刑に処せられる。

ラウラの父親の強い憎悪をこめた復讐の一部始終。
不具者を見世物にしている一座に売り飛ばされて旅を続けたペッペ。
ルターと教皇庁の争い。
ひそかに異端のグノーシス教義を信仰するペッペ。
ペッペによって明かされるレオ十世の最期の真実。
ラウラが遺してくれた最大のものとは?


本書の魅力を語るために、パトリック・ジュースキントの『香水』が引き合いに出される書評が書かれたらしいが、なるほどそれは頷ける。
『香水』はパリを舞台とした嗅覚がキーワードの不思議な小説だが、『香水』の主人公のグルヌイユの生い立ちや、謎めきつつも主人公に心情的に寄添ってしまう読者心理も本書『グノーシスの薔薇』と似ている部分がある。

レオ10世は、下品で贅を好む人物だが、憎めないところもあり、ラファエロの描いたレオを思いだすといくらラファエロの筆とはいえ、人間臭さを感じてしまう。

『天使と悪魔』や『ダ・ヴィンチ・コード』のような、テンポのあるミステリースリルではなく、ペッペという小人の綴った手記で構成されるゴシックロマン小説であり、それは、一度読めば忘れられない物語であることに間違いはない。

15世紀から16世紀の教皇(ラファエロ筆のレオ十世の顔も載っています)のことやメディチのことは、えかきのきさんがうまくまとめているのでリンクしておきます。

■ルネサンス時期の教皇たち http://www.ekakinoki.com/photoindex/pope_renai.html
■メディチ家のひとびと http://www.ekakinoki.com/medici/medici.html
PS:尚、著者のデヴィッド・マドセンは、ロンドン生まれでローマに留学経験のある哲学、神学者ということ以外詳しいことがわかっていない。

at 20:58コメント(1)トラックバック(3)書評 

バルザックと柑橘と坂道

朝食みし柑橘の香を指先にぐるりと巻きて昼になりけり


バルザック最初の女(ひと)の死に際の貌を思ひて歩く坂道


二十二三年上女の虜なる青年バルザック愛を乞ひつつ


春近き坂をのぼりてなにゆゑに吾はバルザックなど思ひだすのか


柑橘のかをりを指に纏はせてまた新たなる柑橘を買ふ


下り坂ふたたび思ふバルザックの恋物語の序章あたりを


青年の愛とは母性を纏ふのか 酸ゆき果実を胸に抱きて


よく通る坂道なれど坂道の終はりは知らぬままに下りぬ

at 20:56コメント(0)トラックバック(0)短歌 

子犬のワルツ

らそらどしそらしらどしそらどしそらサンドの子犬回る白昼


花びらを一枚遺す苺の実ぱくりと食みて春は明るし


英吉利のグレイ伯爵くしゃみするテラスの昼にアールグレイ匂ふ


蜂蜜の甘さのみどに絡まりて溢るるごとく春は広がる


一面のれんげ畑で花環編む少女は春のひかりを浴みて


うす桃の紅もて少女のくちびるに平筆をのせ染めてゆきけり


うつくしき雛とちひさき調度品順に並ばせ七段飾り


白蝶についてゆきしやひらひらと花舞ふ宵の深くなるころ


at 20:53コメント(0)トラックバック(0)短歌 

2005年03月15日

ヘミングウェイと歩くパリ

『ヘミングウェイと歩くパリ』 ジョン・リーランド 著

ヘミングウェイは1921年22歳から1928年までパリに住んだ。

22歳でピアニストのエリザベス・ハドリー・リチャードソンと結婚し、特派員として渡仏し、カルディナル・ルモワンヌ74番地に居を構えた。
夫妻には、長男ジョン(バンビ)が誕生したが、離婚。
「ヴォ-グ」のファッションライターのポーリン・ファイファーと再婚する。
このパリ時代、『三つの短編と十の詩』『われらの時代』『日はまた昇る』『男だけの世界』を出版。
『武器よさらば』は帰国後出版されるが、パリで起稿している。

ヘミングウェイにとってのパリは、波乱にとんだ20代を過ごした街ではあるが、大成功の礎となり、青春の街だった。

そんなヘミングウェイのパリのゆかりの場所をめぐる3種類の散歩コースを地図つき解説つきで紹介してくれているのが本書。

モンパルナス、カルチェ・ラタン、セーヌ両岸。
本書を片手にコースどおりにパリを歩くのもよし、サン・ジェルマン・デ・プレのドゥ・マゴやフロール、リップなどのヘミングウェイの通ったカフェで本書を開くもよし、
ヘミングウェイとパリを同時に楽しむことができそうです。

翻訳は、ヘミングウェイをはじめ『ハンニバル』や『ホット・ゾーン』の翻訳でも有名な高見浩さん。

5720.jpg
リュクサンブール公園
ブラッスリー・リップの写真を載せようかとパリで撮ったものを探したのですがなくて、、、

リュクサンブール公園は空腹のヘミングウェイに愛された場所。
有名なヘミングウェイ伝説によれば、公園内のメディシスの噴水の近くで鳩を殺し、それを子供の毛布にくるんで持ち出したという。
確かにリュクサンブール公園には鳩がたくさんいました。

at 06:41コメント(0)トラックバック(0)書評 

2005年03月11日

貴婦人と一角獣

『貴婦人と一角獣』 トレイシー・シュヴァリエ 著
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映画化もされた『真珠の耳飾りの少女』の著者 トレイシー・シュヴァリエの最新作。

前回はフェルメールをターゲットにした著者だったが、今回は、フランス、パリのクリュニー美術館(中世美術館)の6枚のタペストリーに焦点をあてている。

クリュニー美術館(今は中世美術館という名前に変わったらしいが馴染んでるのでクリュニー表記でいきます)は、セーヌ左岸のカルチェ・ラタンにある美術館で、カルチェ・ラタンもそのお隣のサン・ジェルマン・デ・プレ地区も私はとても大好きなところなのですが、クリュニーはそこだけ、中世のままなんです。


ローマの要塞都市時代に造られた公共浴場の跡や、サント・シャペルから移したステンド・グラスや、ピエタなど貴重な展示物が並ぶが、クリュニーの目玉はなんといっても、『貴婦人と一角獣』の6枚の連作タペストリーだと思う。

赤の鮮やかさと貴婦人たちの優美さ。処女しか手懷けることはできないという一角獣が乙女の膝に前足をのせている。
緻密なミル・フルール(千花模様)、一角獣とともに描かれている獅子やほかの動物たち。

このタペストリーはリヨンのル・ヴィスト家の依頼で15世紀後半にフランドルの織元工房で制作された。
短い期間ル・ヴィスト家に留まっただけで他人の手に渡り、19世紀、史跡検査官に再発見され、ジョルジュ・サンドは擁護者になった。
のちにフランス政府が購入、修復し、クリュニーに保管された。

このタペストリーは、6枚で一作品として存在し、そのうち5枚は、人間の五感、すなわち、視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚を表す寓意だとされる。残る一枚の寓意は謎だが、欲望ではないかという説がある。
上記した、ユニコーンが処女の膝の上に前足をかけているのは視覚の寓意のタペストリー。

前置きが長くなってしまったが、本書は、そのタペストリーの下絵を書いた絵師を中心に、注文主やその奧方、娘、女中、ブリュッセルの織元の親方家族など、タペストリーに関った人々によって物語は展開していく。

下絵を書いた絵師というのが、女性にめっぽう手の早い軽薄な男だが、憎めないキャラで、気のある女たちがタペストリーの貴婦人のモデルになって織り込まれていくのだから面白い。

このタペストリーには謎が多く、どこまでこの虚構の物語が真実に迫っているのかは不明だが、
トレイシー・シュヴァリエの筆によって、パリのクリュニーを訪れる人が増えるのは確実だと思う。

at 07:49コメント(0)トラックバック(0)書評 
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