2005年02月

2005年02月25日

幽閉

『幽閉』 アメリー・ノトン 著
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孤島に何年も籠って住む元船長が病気になったので、ナースが看病と治療に選ばれて行くことになったが、多大な報酬を貰うにはある約束をさせられた。

孤島に渡ると出迎えた元船長は元気で、看病を要するのはアゼルという娘で、元船長があるところから攫ってきたみなしごであった。

質問を一切しないこと、娘の外見についてなにも言わないことを約束させられ、ナースはアゼルと向き合うが・・・

すべての秘密を知ったナースは大胆な行動にでる。

プロットが巧みでストーリーを楽しめるこの小説は、面白いことに作者は読者にふたつの結末を用意している。
どちらの結末を選択して楽しむかは、読者に任されるようである。

アメリー・ノトンは、1967年駐日ベルギー大使だった父親の仕事の関係で神戸に生まれる。5歳まで日本で過ごしたのち、アメリカやアジア諸国を転々とした後、17歳で母国に戻り、23歳で再び来日し大手商社に1年勤務する。帰国後出版した『殺人者の健康法』で衝撃的デビューを飾り、日本での勤務体験を綴った『畏れ慄いて』でアカデミー・フランセス小説大賞受賞。映画化もされています。
13冊の作品を発表し、走り続けるノトンの更なる飛躍と日本語翻訳作品の次なる出版を楽しみにしています。

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2005年02月21日

フィレンツェ 芸術都市の誕生展

『フィレンツェ 芸術都市の誕生』展   2005kyotof.jpg京都市美術館 京都岡崎

ルネサンス発祥の地、フィレンツェは、その街がすなわち芸術である。

今回の展覧会は、「都市」「絵画」「彫刻」「建築と居住文化」「金工」「織物」「医学」の各分野にジャンル分けされ、ウフィツィをはじめピッティ美術館、パラッツォ・ヴェッキオ、アカデミア美術館、サン・マルコ美術館、フィレンツェ大聖堂など約30の美術館や施設から珠玉の作品が集められている。
フィレンツェの街に長く滞在しなければこれらすべてをフィレンツェで見ることはできないだろうし、フィレンツェで見たものに日本で再会する嬉しさは格別である。

フィレンツェは14世紀初頭に経済発展は頂点に達したが、それに伴い、街の発展、ルネサンスとして括られる芸術全般の開花。文学、思想、政治など芸術都市フィレンツェの華やかな文化に触れることのできる展覧会である。

絵画では、ボッティチェリが1枚。フラ・アンジェリコが1枚。ボッティチェリはピッティからの出品の≪婦人の肖像≫
アンジェリコは、サン・マルコ美術館からの出品のテンペラ≪助祭ユスティニアヌスを治療する聖コスマスと聖ダミアヌス≫
他、ポッライオーロの≪若い女の肖像≫ ドミニコ・ディ・ミケリーノ≪『新曲』の詩人ダンテ≫等

フレスコ、写本、貨幣、レリーフ、貴金属、紋章、天板、聖杯、香炉、水差し、兜、祭服、壷、ミケランジェロのコンパス、時計など樣々なものが出展されている。

なかでもアヴェケンナ(イヴン・シーナー)『医学典範』という15世紀後半の写本に個人的に興味を持った。

非常に色鮮やかで豪華なこの医学写本は、フランツ1世(マリア・テレジアの夫、マリー・アントワネットの父ですね)のコレクションであった。
これはアラビアの医師アヴィケンナ(980年-1037年)が著した『医学典範』の写本で、解剖、薬学、疾病などがラテン語で書かれてあるもので、病院の一室のような部屋でベッドに患者が寝ていて、同室前方では医者が坐った患者の足に外科的治療を行っている。一頁一頁めくってゆっくりみてみたい写本だった。

この展覧会の大きな目玉の一つ。

ミケランジェロの木彫りの≪磔刑のキリスト≫

大きなものではなく小さなものなのですが、非常に心に響くすばらしい磔刑像。
シナノキ材に彫られ、彩色されています。全裸で痩身のキリストが右に首を傾けてうなだれています。頭部あたりはヴァチカンのピエタによく似ていました。


『フィレンツェ 芸術都市の誕生』展
2004年10月23日-12月19日 東京都美術館
2005年1月29日-4月10日 京都市美術館

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2005年02月20日

見る美 聞く美 思う美

『見る美 聞く美 思う美』 節子・クロソフスカ・ド・ローラ 著
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節子・クロソフスカ・ド・ローラさん。
2001年に逝去した画家バルテュスの夫人です。

バルテュスの死から4年が経とうとしていますが、まだ、バルテュスがあのスイスの大きな木造の建物で、自然の光を大切にしながら絵を描いているような気がします。

来日したバルテュスが節子さんと出会ったのは、バルテュス54歳。節子さんは上智の学生で20歳でした。別居中でしたが当時バルテュスには妻がおり、節子さんも若かったけれどふたりは結ばれます。
父親と同じ年の異国人、それも異国に嫁いだ節子さんは、バルテュスとともに人生を歩みます。
親日家であったバルテュスは、節子さんに着物を着るようにすすめ、節子さんもずっとお着物を召されて生活をされているようです。

おふたりを写した二枚の写真があります。
立っているバルテュスを見つめる節子さん。
節子さんの横顔を見つめるバルテュス。
一枚は篠山紀信さんの写真。もう一枚は景山正夫さんの写真です。どちらもとても美しく夫婦の愛情を感じる写真ですが、それら写真は、2001年のバルテュスの追悼特集の芸術新潮で見ました。

本書は、節子さんの書かれたエッセイで、副題は-画家バルテュスとともに見つけた日本の心-とつけられています。

家具のこと、きもののこと、庭仕事のこと、いけばなのこと、おもてなしのこと、バルテュスとの思い出など、やわらかで優しくそして洗練された節子さんの美が綴られています。

バルテュスと節子さんご夫妻には、春美さんというお嬢さんがいて、最初に生まれたお子さんを亡くされていることは知っていましたが、死因がテイサックスだったということは本書を読んではじめて知りました。
テイサックスは、東欧系ユダヤ人に多いメンデル劣性遺伝の遺伝子病で、日本でも数は多くないですが闘病されている方がいらっしゃると思います。
異国の地で、はじめてのお子さんを失いながら強く生きてこられた節子さん。そのお辛いご長男とのお別れの場面や、バルテュスを看取ったその日のことなども書かれています。

スイスの小さな村の大きな木造建築の館に今も節子さんは住んでいらっしゃいます。
絵を描き、花を愛で、バルテュスを愛しつづけながら、日本の美さを大切にする生き方に感銘を覚えます。

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2005年02月19日

聖書の中の殺人

『聖書の中の殺人』 白取春彦 著
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聖書は非常に優れた読み物であると同時にその奧深さは他のものに追隨を許さない存在であるといえる。
キリスト教を信仰していない者でも読み物として楽しめ、信仰と切り離しても学びを得ることができることができる。
私は無宗教の人間だが、西洋絵画や西洋文学また西洋の歴史、哲学に親しむために聖書は必携の書となっている。

本書は、聖書の中の殺人や殺意がある話をピックアップし、考察を加えて構成されている。

INDEXを引いてみる。

■ダビデとバテシバ

賢王として名高いダビデが水浴中のバテシバに一目惚れし、その夫をわざと危険な地に派遣して戦死させてしまう。

ダビデといえば、元々は羊飼いであったが、竪琴の名手でサウルに引き立てられ、大男のゴリアテを倒したり、勇気と才知を兼備えた人物である。
フィレンツェのミケランジェロのダビデ像はため息の出るほどの眉目秀麗で、バテシバと出会った時にはすでに一国の長であり、既婚でもあった。
バテシバはレンブラントの描いたものが有名ですね。
ダビデは、バテシバの夫、つまり自分に忠誠を誓い国の為に戦う兵士をわざと殺して、バテシバを娶る。
その行為は神の怒りをかって、息子を幾人か亡くすが、次に王になった聡明さで名高いソロモンは、彼らの息子である。

作者は、所謂未必の故意による殺人の例としてこのダビデを挙げている。

■カインとアベル アブラハムとイサク

人類最初の殺人だと言われてるアベル殺害。それも兄が弟を殺すという悲惨な話は旧約聖書の最初の方に記されている。

カインもアベルも神に供えものをしたが神はアベルの供え物を喜び、カインのものは喜ばなかったためカインは弟を撲殺した。

アブラハムは、非常に高齡でイサクという息子に恵まれた。ずっと不妊だった妻はもう諦めて、下女にアブラハムの息子を産ませたがイサクを授かり、その息子と下女を追っ払ってしまった。イサクは大切な大切な嫡男というわけなのだか、そのイサクを神は、アブラハムの信仰心を試すために使う。

イサクを神へのいけにえに捧げよというのだった。アブラハムは神のいうとおりに息子に刃を向けるがその時、天使が現れ、アブラハムを止め、傍らに出現した牡羊をいけにえにした。
この場面もよく画家たちの主題になっている。カラヴァッジョやレンブラントなど多くの画家が描いているが、信仰をもたないものにとって、子どもさえもいけにえに捧げるという常軌を逸した行為は理解に苦しむ。
信心や権威というものに対する警告も作者は発している。

■サロメとヨハネ

サロメのことがなんらかの文字になるとき、必ず我が敬愛するギュスターヴ・モローの絵が挿画として登場する。
モローはサロメを一枚ではなく、何枚も描いているし、斬首されたヨハネの血の滴る生首が宙に浮かび、舞いを終えたサロメと光を発しながら向かいあっている図は、リアルでいて幻想的であり死と美が一体化したすばらしい傑作である。

オスカー・ワイルドの戯曲『サロメ』では、サロメにヨカナーン(ヨハネ)への恋情を持たせているが、聖書では、サロメという名前さえ出てこないし、首を所望したのは娘のサロメではなく母親のヘロデヤなのである。
ヨハネは、イエスに洗礼を受けさせた人物で知られているが、彼らは親戚同士で、ヨハネが少しだけ年上で、愛らしい幼少のふたりをラファエロらなど多数の画家が描いている。

サロメとヨハネのことは、聖書よりもユダヤ古代誌の方が詳しいと思うが、義理の娘の舞いの褒美に囚われの身だった預言者のヨハネは首を斬られる。
ヘロデ王は、あの新生児虐殺のヘロデ大王の息子にあたる。ヘロデヤは、ヘロデ王の兄の嫁であったが、夫を乗り換えた。そのことをヨハネに咎められた恨みを抱いていた。
全く無関係の事柄から私利私欲の利益を得ようとする人間の狡猾さを作者は指摘している。

その他
■同性愛 ソドムとゴモラ
■大魚に飮込まれたヨナ
■サウルのダビデへの執拗な殺意
■次々と不幸に襲われるヨブ
■イエスの処刑

なかなか充実した内容だと思います。
聖書に限らず、ギリシア神話、ケルト神話もちろん、ユダヤ古代誌などもですが、その奧深さを堪能するための掬い方にジャンルを決めて探求していくことへの興味が湧きました。

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2005年02月17日

ガストン・ルルーの恐怖夜話

『ガストン・ルルーの恐怖夜話』 ガストン・ルルー

gastonleroux.jpg今、ジョエル・シュマッカー監督の『オペラ座の怪人』が封切られて全国の映画館で上映中である。

本書は、『オペラ座の怪人』や『黄色い部屋の謎』などの原作者であるフランスの第一級のストーリーテラー ガストン・ルルーの短編集。

収められている8篇は、文字通り短編で短いものではあるが、1篇1篇読み応えがあり、長編にみられるガストン・ルルーのエキスを濃縮したような趣の作品群である。

5篇は老船乗りたちが集まって茶席を囲み、各自が奇談怪談を語り合うという形式をとっているが、内容はそれぞれ独立しており、他3篇もふくめ、ルルーの次々と繰り出す幻想的な恐怖の罠の糸にがんじがらめに巻かれてしまう。

ジュネーブの名門の家に生まれた女性は、エヴィアンである青年と知り合い結婚する。ふたりは愛し合っており、幸せな毎日を送っていたが、青年の父が亡くなり、家業を継ぐため実家のシュヴァルツヴァルトに戻った。
夫は実家に帰ってから、不審な行動をとるようになり、妻はあるとき、小屋で血にまみれた衣服と斧を見つける。
夫を殺人者だと思った妻は恐怖に身が凍り、地元で起きた殺人事件に夫が関与していると訴えたが、実は夫は死刑執行人だった。そうとはしらずに結婚し、夫が自殺したあとも過去を断切れることができず黒衣装を纏う女性の話を回想風に描いた『金の斧』

片腕の船長が片腕を失った戦慄の理由とは?『胸像たちの晩餐』

コルシカの復讐談から材をとった斬首されても死ななかったこの世のものとは思えないほど美しい女性は首にビロード飾りの首飾りをしていた。なぜなら、それをはずせば首が落ちてしまうから。『ビロードの首飾りの女』

かわいく愛らしい娘オランプ。彼女が年頃になると結婚の申し込みが殺到した。オランプは申込者に順位をつけ一位の相手と結婚したが、夫はすぐに死に、二位の相手と結婚するがまた死別。次々と夫が死んでいく新妻のオランプ。『ノトランプ』(われらのオランプ)

など、ルルーの巧みな戦慄のストーリー8篇。
訳者は飯島宏さん。

at 09:08コメント(0)トラックバック(1)書評 
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