2004年12月

2004年12月20日

アンジェラの祈り

angera2.jpg『アンジェラの祈り』 フランク・マコート 著

アイルランドでの貧しい家族との生活を感動的筆致で描いた『アンジャラの灰』の続編にして完結版が『アンジェラの祈り』。

原作『アンジェラの灰』でピュリッツァー賞を受賞、ベストセラーを記録し、映画化され、大きな反響を得たフランク・マコートのニューヨーク渡航以後を描いたのが本書である。

フランク・マコートは1930年、アイルランドからアメリカに移民した両親の長男として生まれるが、アメリカでの生活がうまくいかなくなった両親は4歳のフランキーや弟たちを連れて故郷のアイルランドに帰る。
アイルランドでは、祖母、叔父夫婦らがいるも親族から反対されて結婚したこともあり冷たくされる。
フランキーには、弟妹が次々生まれるが、死んでいく。結局母は7人の子を産み、4人が生き残って、その後、フランキーの後を追って母共々アメリカに移住する。

アイルランドでの生活は、貧困と飢餓、屈辱の連続。
父親は誇りだけを持つアル中で、ミルク代まで酒場ですってしまう。幼ないフランキーは弟のミルク代を守るため酒場を回って父親を探すが、見つけた父はもう正体なく酔いつぶれている。

映画はアイルランドの厳しい風土や街も克明に映し出している。雨ばかりで水浸しになったままの家の一階部分。底知れぬ寒さを月光が照らす石畳。その石畳を明け方近くに泥酔して歩いて戻る父親の靴音。
父親は、フランキーが10歳の時に、イギリスに出稼ぎに行くといってそのまま行方をくらました。
飢え死にしそうな幼ない兄弟と母と暗い冷たい汚い街に家族を置き去りにしたまま消えた。

母は従兄弟のうちに間借りする。太って醜いこの男の糞壷をきれいにするのがフランキーの仕事だ。そして、母親はこの男にからだを差し出す。追い出されたらどこにも行くところはない。屈辱は雨に流されることもなくただただ沈殿してゆく。父さえいてくれればという儚い夢は誰ももっていない。父は帰って来ないし、帰ってきたとしても自分たちの生きるためのほんの僅かな金さえ酒にかえて胃袋におさめてしまうだけなのだから。

フランキーは、成長し郵便配達員になる。町中に郵便を自転車で配り歩く。
町でみんなに嫌われていた金貸しの老婆と配達の縁で知り合い、秘密で人を脅す手紙を書いて小銭を儲けていた。そのばあさんが、椅子にすわったまま自然死したのを最初にみつけたのは彼で、ばあさんの金を失敬してアメリカへの渡航費用の一部に加えた。フランキーは自分をドストエフスキーの『罪と罰』のラスコーリニコフになぞらえる。
ラスコーリニコフのように殺したんじゃないが、金貸しの金を盗ったのは事実だ。その金でフランキーはアメリカに渡る。

『アンジェラの灰』はここまでで、渡米してからのフランキーの人生は『アンジェラの祈り』にバトンタッチされる。

アンジェラとは、フランキーの母の名前である。

フランキーは渡米してから職を転々とするが、いつも母と弟たちへの送金のことは忘れなかった。アイルランドのリムリックで、母を助けるために石炭運びをしてやられた目はまだ治らない。アメリカの軍隊に入って里帰りをしたとき、フランキーは自分たちを捨てて行方知れずになった父が自分の実家に帰っている。12年ぶりに会った父は断酒してるというが相変わらずで、祖母たちに母の悪口を言われ早々に引き上げて帰って来る。母も貧困の町をなかなか捨てられず、フランキーはアイルランドにはもう自分の居場所を見つけられない。

アメリカで職を転々としつつ、英語の教師の資格をとり、フランキーは教師になる。弟たち、母もアメリカに呼び寄せ、離婚なども経験しつつ生きていく。

母はアメリカで亡くなり、その遺灰をアイルランドに持ち帰る。父も亡くなり、フランキーも老いたが、フランキーもアンジェラも弟たちも1930年代のアイルランドも色あせることはない。

読み手を一気に引き込む語り口調のすばらしさと、悲しくも逞しいアイルランド移民の苦労を重ねた一家族の物語がここに完結する。


at 23:16コメント(0)トラックバック(0)書評 

2004年12月16日

『マルセル・デュシャンと20世紀美術』展

duchamp.jpg2004年12月4日(土) 『マルセル・デュシャンと20世紀美術』展
国立国際美術館 大阪中ノ島

国立国際美術館といえば、吹田の万博公園の中にあり、美術館正面にはローズガーデンがあり、中に入るとミロの大きな作品がお出迎えをしてくれていた。

そんな国立国際美術館は、万博開催に際して建造された万博美術館としてスタートしたようですが、収蔵庫の狹隘や施設の老朽化などの理由から大阪中ノ島に新築移転され、2004年11月開館記念として開かれているのが、『マルセル・デュシャンと20世紀美術』展です。

元々、国立国際美術館は主に現代美術の作品が多くコレクションされ、今までの特別展覧会も現代アートの展覧企画が多い施設なのですが、新しい中ノ島に新設された建物も美術館の真上に銀色の大きなオブジェがあり、美術館は地下に増設されているという現代的な建築で、大阪市立科学館も隣接し、交通の便もよいため、大阪の新しいパブリック・ゾーンになりそうである。

吹田の万博公園には国立国際美術館のほかに、民俗学博物館や民藝館、児童文学館などもあるのだが、それらの施設も移転や修復が行われるのだろうか?そのあたりは知らない。

さて、マルセル・デュシャンは、フランス生まれ。
ニューヨーク・ダダの中心的人物である。
便器にサインをして『泉』という作品にして出品許可がおりずに物議を醸したり、レディ・メイド(既製品)にこだわったり、偶像破壊というのか、モナリザに口ひげを描いて『L.H.O.O.Q』とフランス語で「彼女はおしりが熱い」というタイトルをつけてみたりと、他を寄せ付けない斬新な手法の作品を発表し、「ダダイスムの巨匠」とも「現代美術の父」とも呼ばれました。

今回の出展は、キュビスムの『階段を降りる裸体NO.2』 大硝子『彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁さえも(東京ヴァージョン)』 モナリザの口髭 『L.H.O.O.Q』 他デュシャンの影響を受けたアートティストの作品が展示されています。



at 18:21コメント(0)トラックバック(0)展覧会 

半歌仙 『遊ぶ芦原やの巻』

2004年11月27日-11月28日  福井 芦原温泉 グランディア芳泉 於

半歌仙   遊ぶ芦原やの巻


発句 冬 歌詠みの遊ぶ芦原や冬うらら   真白
脇 冬 石蕗の咲く温泉の宿  とも子
第三 雑 ジャグジーに語るも旅の情にて   龍人
四 雑 テールランプのつづく高速   美保
五 月 望月が静の海を抱きゐつ   栄子
六 秋 穂波ゆらゆら銀の薄は   圀臣


初句 秋 恩人と酌み交はしたる濁酒  とも子
二 雑 恋 ヘミングウェイの口笛を聴く  真白
三 雑 恋 夢ひとつ遠くへ投げて逢ひにゆき   美保
四 雑 恋 あなたの肩に夕陽が沈む   龍人
五 夏 恋 しみじみと顔を合はせる夏座敷  栄子
六 夏 恋 蚊帳の中なる裸体抱かな   圀臣
七 雑 恋 数多き恋の遍歴刺青して  燦
八 雑 鳩の血てふ石をひそませ  真白
九 雑 天空の城に捕らはれ人がゐる   とも子
十 春 かすみがかかるあの山のうへ   龍人
十一 花 町の名も花雪洞に吊されて   美保
挙句 春 みんな眠った八十八夜   燦

捌 : 山科 真白  総監修 : 西王 燦

連衆 :西王燦 橘圀臣 山本栄子 谷口龍人 山野とも子 荒木美保 山科真白

at 17:35コメント(0)トラックバック(0)連句 

メンデ 奴隷にされた少女

『メンデ 奴隷にされた少女』 メンデ・ナーゼル ダミアン・ルイスmende.jpg

メンデ・ナーゼル 彼女はスーダンのヌバ山地の少数民族に生まれた。
彼女は貧しいながらも愛情に満ちた家庭に育っていたが、12歳のときに、村が襲撃され、さらわれて奴隷として生きてきた。

アフリカの北東部に位置するアフリカ最大の国、スーダンは20年以上にわたって内戦が続き、いまだ、奴隷制度が存続する国であり、メンデ自身にも行われた女性の割礼が行われている国でもある。

日本からは遠い国。スーダン。
その国での悲惨な現実をメンデ・ナーゼルというひとりの女性から発せられるメッセージである。

メンデが12歳のとき、少数民族であるヌバ族の集落は民兵の襲撃を受け、彼女は家族と引き離され首都のハルツームの奴隷商人の家に監禁されアラブ系の家庭に売られた。
奴隷商人の家に連れて行かれる道中、メンデは村を襲撃、略奪した男の一人に陵辱されている。
たぶん、スーダンだけではなく、アフリカの複数箇所で行われている悲しい民族風習、女性性器切除(FGM)は、クリトリスを切除し陰唇を縫い合わせるというもので、結婚し、初夜を迎えた家では、その時の花嫁の血のついたシーツを干すのだという。
中国の纏足も然り、このような男性本意のむごたらしい儀式めいたことが続いている現実に憤りを感じる。

メンデは売られたアラブ系の家庭のメイドとして無給で働き続けさせられる。
12歳の幼ない少女に、どんな反抗ができるのだろう。
生き延びるためにはただ従順にその悲しい運命を享受するしか手はないのだ。

ロンドンで逃亡し、亡命が認められたのは2002年12月のこと。つい最近、そしていま現在もメンデと同じ運命の少女はアフリカや先進国でもメイドとして生きている。メンデはまだ現在も20代前半なのだという。

亡命後の彼女は勉学に勤しみ、医者になることを夢見ているという。一番心配だった家族の安否も無事を確認でき、再会を心待ちにしている。

世界はいまだ暗黒に満ちている。
奴隷制度、生殖器切除、内戦、略奪、襲撃、差別、ほか数え切れない不条理が氾濫するなかで、傷つき運命に翻弄されるアフリカの少女たちがいる。
そして日本も豊かさの代償として、人を信じることができない時代になってきている。以前は子供は大人が守ってきた。町が護ってきた。
メンデを救ったのは同じ民族のひとりだった。
日本は隣人さえも信用できない国になりつつあるとメンデが知ったらどんなに悲しむだろう。


at 17:32コメント(0)トラックバック(0)書評 

2004年12月05日

灼熱

『灼熱』 シャーンドル・マーライ 著

ハンガリーの大貴族ヘンリク将軍は先祖代々受け継がれた古い城館である人物を待ち続けていた。

将軍は、やっと待ち人からの手紙を受け取った。
41年待ち続け将軍は75歳になった。そして尋ねてくる男もまた75歳であった。

将軍は黒いスーツを着て白いピケのネクタイを結び、抽斗の鍵を開けて、黄色いビロードの装丁の本を上着のポケットに入れた。ベルギー製の拳銃は、弾丸がすべて充填されていることを確認しただけでそのまま抽斗の中に残した。

彼を41年ぶりに訪ねてくるのは、ウィーンの士官学校で知り合ったコンラードという男だった。
父親はガリツィアの役人で、母親はポーランド人だった。
ヘンリクの家系のような名家とは程遠い貧しい男爵の息子だったが、ふたりは一卵性双生児のようにいつも一緒に行動し、あらゆるものを共有し、信頼を培い、士官学校を卒業したあとも、ヘンリクの館のそばにコンラードは住まい、友情を暖めた。

ヘンリク将軍はクリスティーナという貧しい家の女性と結婚した。クリスティーナはコンラードの知り合いだった。

三人は夕食を共にし、夫婦、友人、それぞれの立場でそれぞれ問題なく幸せでいたはずだった。

41年前のあの日、コンラードは、突然姿を消した。

ヘンリクはすべてを理解したのだった。

彼は屈辱を味わいつつ孤独に生き、クリスティーナは8年後に死んだ。仲のよかった夫婦は、それから一緒にも住まず、言葉を交すこともなかった。コンラードは行方知れずのままだった。

しかし、ヘンリクにはわかっていた。いつかコンラードが再びこの城館に自分を訪ねてくることを。知っている真実を再び知るために待ち続けることにその後の生涯としたヘンリクと、突然消えたコンラード、そのふたりの老人たちが蝋燭の明かりの下で語り合うこととは?

冒頭からの導入が巧みで、最初から読み手をハンガリーの石造りの古い城館に引きずり込んで離さない。
語られていく過去や歴史、友情、愛、情熱、信頼、虚偽、欺瞞、絡みあう真実の時間。その重さ。

シャーンドル・マーライは、ハンガリーのコショ(現スロバキアのコシツェ)で1900年、ドイツ移民の家庭に生まれ。
ドイツで教育を受け、無名だったカフカの翻訳をしている。
結婚後、パリに住んだあと、ハンガリーに戻って作家として成功をおさめるが共産主義に反対し、イタリア、アメリカ、カナダと亡命先を転々とし、アメリカのサンディエゴで1989年自殺。
本書は、『マサイの恋人』『ゼルプの欺瞞』などを翻訳している平野卿子さんのドイツ語版からの訳で、2003年初版。
ハンガリーで忘れ去られようとしていたこの作家の作品は、近年、ヨーロッパで次々と翻訳され、高い評価を得ている。

ノクターンを聴くような美しい文章が秘められ續けられてきた熱く重い過去をゆらめく蝋燭の火として読者の心の芯に灯す。

at 18:30コメント(0)トラックバック(0)書評 
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