2004年11月

2004年11月23日

パリ犬物語

『パリ犬物語』 ミツコ・ザハー著parisdog.jpg

サント・トリニテ教会を左手に見ながら、花の咲き乱れるトリニテ公園を横切り、少し直進したあと、ギュスターヴ・モロー美術館に行くため左折し、ラ・ロシュフコー通りをわたしたちはゆっくりと歩いていた。
ラ・ロシュフコー通りは、曲がったばかりの所は通りというよりも坂で、登り切ってしまえば緩やかな道になるのですが、ギュスターヴ・モロー美術館は、その坂の中程あたりに位置するのでした。
開館は、10時で、まだもう少し時間があり、辺りの風景を見ながらのんびりとした気分で歩いていた。
その時、上から舖道にじゅわじゅわ水が流れてきていることに気づいたのだった。
この通りは、広くもないのに道路には路上駐車してる車が坂の上まで続いていて、上から来る車もよく見えない有様で、とにかく、こんなに空は天晴に晴れているというのに、どうしてなのだろうと思いつつ、北に向かって歩くと、上から水を散しながら清掃をしている車が真横を通る。
どうも犬のフンのために汚れた道路を清掃してるらしい。

なるほど、パリは、犬天国である。
カフェにもメトロにも国境を越える列車のなかにも、浮浪者と共にも犬たちは人間と一緒にいるのだ。

パリだけではなく、ヨーロッパには犬が多い。どの国の犬もお行儀がよく全く鳴かない。スイスのチューリッヒに行った時、子連れ、犬連れの方がいて、子連れだけでも大変なのに犬まで連れてさぞやしんどいことだろうと思ったら、犬は鎖に繋がれながらもやんちゃなキッズが道路に飛び出さないように助け、あまりの利発さに舌を巻いたものでした。

ヨーロッパのなかでもフランスは犬大国で、私がパリで「パリって犬だらけ」と感じたように本当に一家に一匹感覚なのだそうだ。

本書は、在仏25年の国際結婚をした日本人女性の書いたもの。だんなさんは、フランス人ではないが、フランスでホテルやレストランを経営しフランスで暮らしてきたという。
初版は1997年でちょっと古いのが残念なのだが、とてもとても面白い本だった。

ヴィジターの私も感じていたようにフランス人は、愛想に欠け、からだがひっつきそうなレストランの席で隣合ってもニコリともしない。道を尋ねてもつれない返事。ん~~イタリアなら、イタリア語がさっぱりわからなくても陽気なイタリア人に助けられてぜんぜん不自由しないのに、フランスでは、英語で尋ねてもフランス語でかえってきたり、とにかく、個人主義というか、他者に興味なしというか、そういう印象を受けていた。
この本の作者のミツコさんもフランスで子供を生み、25年もそこに住んでもそのようなことを感じていたらしいのだが、犬を飼うようになって、まわりの世界が一変したという。
それまで、子供をつれてでかけても、同じ所に住んでいても全く声もかけられなかったのに、犬を飼い始めたとたん、クールな関係だった近所の人たちが一斉にフレンドリーに話しかけてくるようになったという。
まさに驚きである。

フランスの犬には、タトゥが彫られているという、今はICチップを埋め込むように変わったのかもしれないが、とにかく登録番号が犬一頭一頭に割り当てられて、迷子になっても動物愛護教会に問い合わせればすぐ探し出せるという。

ある時、ミッテラン大統領の犬が行方不明になり、その犬を保護していた婦人が登録番号と照合し、エリゼ宮に連れて行ったら、大統領は大感激し、丁寧なお礼のお手紙と愛犬と同じラブラドールの子犬をプレゼントしたらしい。

なんという合理的なシステムだろうか。

ほかにも、フランスは犬の生まれ年で名前の頭文字を決めるルールがあるとのことで、純血種はその頭文字からはじまる名前で登録するのだという。頭文字にしにくい字をのぞき、20年で一巡するようになってるそうだ。
それに日本のように、人につけるファーストネームを犬の名前にはつけないらしいのである。日本ではたとえば、「タロー」とか「ハナコ」とかそういうネーミングをするが、フランスでは、「ガトー(お菓子)」「イリス(あやめ)」「シトロン(レモン)」など、そして、犬の名前をつけるのを手伝ってくれるサービスも普及しているというからすごい。

ヨーロッパの犬は、お行儀がいい。日本の犬とは大違いと日本からヨーロッパに行くといつも思うが、やはり、犬の教育も徹底してるようで、きちんとしつけなければ犬を飼う資格はないという意識を強く持っているようだ。
犬は、ホテルでもレストランでもカフェでもOKのことが殆ど。パリでは、お子樣はお断りのところでも犬は同伴が許される。日本人からすれば奇妙に思うが、きちんとしつけされた犬はたしかに怪獣のようなやんちゃ盛りのおこちゃまよりずっと礼儀正しい。

日本人の感覚からすると奇妙に感じることはほかにもあって、フランスでは人間は土葬、動物は火葬らしく、日本とは反対で、日本の事情をフランス人に話そうものなら野蛮人と言われるらしい(笑)現在は、墓地不足も手伝ってパリも火葬が行われはじめたようだが、フランスでは火葬のはなしはしないほうがよさそうだ(笑)

ミツコさんは、柴犬をパリで飼ってらっしゃるそうだ。なんとすばらしいことだろう。日本犬がブローニュの森を驅け回る姿を想像すると心躍るではないか。

ちなみにうちの実家は、ラブラドール・レトリバーを一匹飼っている。この犬、駄犬もいいところで、英國産の犬なのに名前は「テツ」、まったくのばかものだが、これもしつけを怠ったからかも。3歳からでは手遅れかもしれないが、ちょっと頑張ってみようかね。テツ君!


at 23:40コメント(2)トラックバック(0)書評 

2004年11月18日

藍像

『藍像』 須藤昌人 著
ransyo.jpg
本書は刺青の写真集である。

最近、タトゥの流行で、日本でも刺青はマイナーからメジャーになりつつある。
今年の夏、大阪の戎橋の上で、少女のような面立ちの女性が半袖を少しめくって、二の腕にタトゥを入れてた。
最初、薔薇の絵を描いているだけかと思ったら、本当に彫っていてびっくりした。猛夏。感染の懸念もせずに流行を追うことへの恐怖が走った。

そのようなおしゃれ感覚の入れ墨ではなく、任侠もの系のまさに彫り物と形容したい刺青を私が間近に見たのは、
某医科大学の解剖学教室だった。今思えば、解剖を行う広い部屋ではなく、少し奥まった小さめの部屋で見たような気がする。
そこに、刺青を施した皮膚が広げられていた。
見上げるような位置にあり、あまり失われていない彩色の美しさと見たことのないような図柄。観音だったのか、閻魔だったのか、牡丹だったのかそれさえも思いだせない。
教育のために解剖されたご遺体の刺青部分だけを切り取ったのは明らかだったが、あまりに立派な代物で、残すことを考えたのではないかと思う。
たとえば虎などのケモノの毛皮を敷物にしたり壁に飾ったりする。まさにあんな風にその名も知らぬ刺青の持ち主の皮膚は飾られていた。

入れ墨と言えば、谷崎の『刺青』も想起するが、あのような耽美的なものではなく、本書は、刺青を施しているからだを一オブジェのように配したり、ポーズをとらせたりしている。

1985年に発売された『藍像』の復刻版として、2004年、ちくま文庫から刊行されたものを今回手にしたのだが、女性ヌードとの共演や、水に濡れる刺青や、鏡張りの特殊セットで撮影された万華鏡など、彫師の魂の入った刺青とその彫り物を負う被写体と写真家の綿密な構想と研ぎ澄まされた感性が心を打つ一冊でした。

at 18:06コメント(0)トラックバック(0)書評 

『秋立つやの巻』  尻取り連句


発句  秋  秋立つや老若男女の遊歩道   栄子
脇  秋 海も遠くに萩の咲く丘  燦
第三  月  オカリナの音色に月の誘はれて   初枝
四  雑   天下晴れての自由人なり   龍人
五  雑  隣室のカーテン揺れる日曜日   真白
六  雑  日向ぼこりに集ふ猫ども  圀臣


七  冬   モンゴルの大雪原を馬橇ゆく  美保
八  雑  恋  狂ほしきまで逢えぬ月日は  とも子
九  雑  恋  はつとして風の向かうに目を凝らし  博士
十  春  恋  蔀戸あけぬ春のあけぼの  和子
十一  春  恋  残り香を愛してゐれば鷽の声   燦
十二  春  恋  縁の糸を結びたる春   栄子
十三  雑   留守番をさいはひとして飲むお酒  龍人
十四  雑  けんもほろろに切り捨てられて   初枝
十五  夏   鉄なれば船は朽ちゆく夏の浜   圀臣
十六  夏   真夏に光るみづの鏡に  真白
十七  夏  月  人間が小さく見ゆる夏の月   とも子
十八  雑 きつね色したあたたかきパン   美保


十九  雑   パンフレット見てゐるだけの旅なんて  栄子
二十  雑   ててなし子にし子なし父にし   博士
二十一  雑   漆黒の闇の底意を覗き込み  龍人
二十二  春   水面ただよふはるの現し身   圀臣
二十三  花   見はるかす花の高野の人の波  龍人
挙句  春   並み連れだちて帰りゆく鴨   燦





捌 : 山科 真白      総監修:西王 燦




連衆 :西王燦 橘圀臣 山本栄子 谷口龍人 青木和子 山野とも子 荒木美保 藤田初枝 矢嶋博士 山科真白



2004年8月27日-11月11日  掲示板於



at 16:21コメント(0)トラックバック(0)連句 

Les Catacombes


Denfert-Rochereau駅から徒歩3分



革命の名もなき戦士に逢ひにゆく 仏蘭西巴里のカタコンブまで


地の底に向かつて下る階段は幾度も暗き螺旋を描く


暗闇にすぅーと伸びる地下道を小さき歩幅で進みゆくのみ


うつすらと風を感じて立ち止まる 刹那 乾いた骨の匂ひす


仄かなる灯りが照らすフランス語 「止れここから死の帝国」


頭蓋骨肋骨腸骨大腿骨脛骨腓骨骨の壁成す


気がつけば無口な骨に囲まれて寡黙な吾は静物に似る


無縁仏六百万体の地下墓地にふたりで掛けるベンチがありぬ


広大なカタコンブの出口にはモンパルナスの光降りける



at 16:19コメント(0)トラックバック(0)短歌 
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