2004年07月

2004年07月26日

ちいさなちいさな王様

fi5pnehp.JPG『ちいさなちいさな王様』 アクセル・ハッケ 著

十二月王二世という人差し指ほどの大きさの王様が平凡なサラリーマンの僕の家にやってくるようになった。

王樣はひどく太っていて、白いテンの皮で縁取りされた、分厚い真紅のビロードのマントを着ていた。

熊のかたちをしたグミのキャンディ、グミベアーを主食としてる王様は、僕と暫く話をしたあと、本棚と部屋の壁のあいだにできた細い隙間からいなくなってしまうのだった。

ちいさな王様の世界では、生まれたときが一番大きくて、次第に小さくなってゆき、最後に見えなくなって消えてしまうだという。

ある日、僕は本箱の隙間から王様の家に行ってみる。
王様なのだからさぞや大きな豪奢な家に住んでるものだと思っていたが、予想ははずれて、小さな部屋がひとつっきりの家だった。ただ、壁の棚には色とりどりの小さな箱がたくさんしまわれている。
その箱には、夢がしまわれていて、寝る前に蓋をあけてベッドの横に置いておくとその箱にしまわれている夢を見ることができるのだそうだ。その箱は祖父や父からも受け継いでいるので夢の箱はこんなにたくさんになってしまったと王樣はいう。

僕は王様にせがまれて、小さな王様を胸のポケットのなかに入れて散歩にでかけた。
散歩といっても王様に通勤路を行くようにと言われたので、折角とれた平日の休みだったが、僕は毎日会社まで通う道を歩いていった。
なぜか王様は出会う人のプライベートなことをよく知っているのだった。

僕のおへそのあたりにのった王様と一緒に空を見上げて想像ごっこをする。
「自分に永久に死がおとずれなかったらと想像したことはある?」

部屋にあるモデルカーに乗って、グミベアーを手に入れるために絵を描き絵持ちのところへ絵を持っていく。
またひとり、自分の家に小さな人間が住んでいることに僕は驚く。


著者のアクセル・ハッケは、南ドイツ新聞に勤務しつつ作品を発表してる政治部の記者で、『キリンと暮らすクジラと眠る』や『クマの名前は日曜日』などを著している。
画家のミヒャエル・ゾーヴァの挿画がより作品を色づける。ほっと一息つきたいときの大人の童話。

at 21:44コメント(2)トラックバック(1)書評 

2004年07月24日

『乳房論』

「乳房は誰のものか?」著者のマリリン・ヤロームは問う。

乳房は誰のものなのでしょう。

エフェソスから出土したアルテミスの像の胸部の多数の球状のふくらみは、いけにえにした雄牛の睾丸であるとか、ナツメヤシの実であるなど樣々な説はあるにしても、総括的な意味で視覚的に多乳房は、繁栄や豊作を想起する。 アルテミス

一方、ギリシア神話における天の川起源は、乳汁で、
人間との間に生ませたヘラクレスを不死にするために、ゼウスは赤子のヘラクレスにヘラの乳を飲ませる。また夫のゼウスはよそで女性を作った上に、その子に自分の乳を含ませるなどと激怒したヘラはヘラクレスを荒々しく引き離し、そのこぼれた乳汁が天の川になった。
下の左の絵はロンドンナショナルギャラリーのティントレットと絵で、右の絵はプラド美術館のルーベンスの同じ主題の絵です。

   

聖なる乳房、すなわちマリアが乳房を露わにしてイエスに授乳している絵が描かれはじめたのは、14世紀で、著者のヤロームは、食糧不足がフィレンツェを荒廃させた時期とちょうど重なっていることが関係しているのかもしれないと指摘している。
その後、フィレンツェではルネッサンスが花咲き、その後も授乳する聖母子像は描かれ続けることになる。
レオナルド・ダ・ヴィンチ 『授乳する聖母』  

三世紀にシシリーで殉教した聖アガタは、神に身を捧げる敬虔な娘で、求婚を拒み、売春宿に連れて行かれた。彼女を墮落させようと拷問を加えたが屈しないので、乳房を切り取った。その乳房は聖ペテロの力で元通りになったとされるが尚拷問を加えられ殉死したといわれる。スルバランの描くアガタは切り取られた乳房を皿の上にのせ、涼しげに首を傾ける。形の良い乳房は白くやわらかそうである。

フランシスコ・デ・スルバラン 『聖アガタ』(部分)

半衣でフランス国旗を高々と掲げ市民を先導する彼女は、ジャンヌ・ダルクを回顧させるようで、ナポレオン失脚後の王位復権も安定をみないフランスに明るい光を差し込ませるような印象を受ける。ドラクロワの描いたこの絵は、ルーブルの数多くの絵画の中でも一際目を引く。
 ウジューヌ・ドラクロワ 『民衆を導く自由の女神』

第二次世界大戦末期のパリで、有名なフランスの歌手のアンヌ・シャペルが、車の上に飛び乗ってブラウスの前をはだけ、素敵な乳房をドラクロワの自由の女神のように見せて国歌を朗々と歌いあげたそうで、フランス共和国を表す乳房をあらわにした女神に「マリアンヌ」という名前がついたそうだ。他国も女神を国の紋章として使ったりしたが、マリアンヌのように乳房を露出することはない。

本書は、乳房に特徴づけられる神話、神、聖女、事物、歴史などをピックアップし、医学的乳房や心理的乳房、商品化される乳房など多樣な角度から乳房の分析を試みている。

嬰児は、生まれてほどなく、顔を左右にむけて乳房を探すような仕草をする。
腕に抱けば、自分で乳首をとらえ、舌の上に乳首をのせて吸啜する。
乳と呼ばれる白い液体が、嬰児をどんどん成長させてゆき、授乳という行為がこんなにも心が満たされることであることに驚く。
自分の体内で10ヶ月育み、産み、乳房で繋がっていた我が子は、離乳すれば、その乳で養育されることもなく、乳房の絶対的必然期間はそれほど長くない。

乳房は女性を象徴するものであり、ある時は、非常にエロティックな意味合いを持ち、ある時は、聖なる命の源となるものであり、ある時は、病巣になって命を奪う器官になる。

乳房は一体誰のものなのだろう。

それは女の一生のなかで変化するもの ではないか、、、、
そしてやはり乳房は女のものである。

at 16:46コメント(0)トラックバック(0)書評 

2004年07月03日

アマリリスの巻

脚韻を踏むという試みをやってみる。
連句という元々縛りのある文芸形式を死守しつつ句尾二音をaabb/ccdd/eeff/ggで揃えソネット14行を10人で詠んでみた。


連句   アマリリスの巻 (ソネット平坦韻シェイクスピアスタイル)


発句 夏 脚韻を集めて咲くやアマリリス 燦
脇 夏 木下闇で光るグリース 真白
第三 雑 転んでも只では起きぬをとこにて 龍人
四 雑 賭けの将棋に詰むまでは二手 博士


五 月 幼子と共に見ている三日の月 栄子
六 秋 恋 亭主は留守と秋は嘘つき 圀臣
七 秋 恋 深草の鶉鳴くなり愛しきと とも子
八 雑 野辺の葉風に送らるる帰途 初枝


九 冬 冬の田のかなた火灯す家ひとつ 和子
十 冬 炭焼き窯の古き煙突 美保
十一 雑 銭湯のタイルにゑがくオフィーリア 真白
十二 雑 父の遺品の歌集『伊太利亜』 燦


十三 花 花は散りぬるをこの夜をかぎりとそ 博士
挙句 春 いと麗らかに陽を浴びてと背(そ) 龍人

at 12:09コメント(0)トラックバック(0)連句 
livedoor プロフィール
タグクラウド
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ